☆Point☆ 靴は玄関から入ってきたままの方向で脱ぎ、揃えて下座に置きましょう。 |
こんにちは。SOUMIです。
先日、訪問先でふと靴の置き方について戸惑いました。数人が訪れていたのですが、先に到着した方々の靴が、靴箱に沿って玄関に対して横向きに揃えられていました。既に一列目にはそれ以上靴を並べるスペースがありませんでした。
二列目に同じように横向きに並べてしまうと出入りする方々の邪魔になってしまいますし、かといって一つだけ玄関の方を向いて並べるのも、見た目が揃っていなくてどうかと少し悩みました。結局、私は出入りの利便性を考えて、玄関に対して垂直に並べることにしました。
靴を揃える時のマナー
靴を脱いで揃える
子どもの頃、外から帰ってきたら靴を脱いで揃えるように教えられました。以来、自分の靴が揃っていないとなんとなく気持ちが悪くなります。自分に子どもができ、靴を自分で履けるようになってきた頃からは、揃えていないと注意するようになりました。
座って手で揃えるひと手間を省くため、ついやってしまいがちなのが、玄関側に向いて揃うように靴を脱ぐことです。実はこれ、訪問先には失礼にあたるということを最近学びました。
玄関側に向かって靴を脱ぐと、お尻を訪問先の方に向けることになるからです。同じ理由で、上がり框が狭い場合は横を向いて靴を脱ぎます。
靴を脱いだ後は、一旦座って靴を揃えて置きます。
揃えた靴を置く位置
お座敷に上座と下座があるように、玄関にも上座と下座があります。その基準は靴箱や飾り棚です。
上座:靴箱が飾り棚として使用されている場合はその靴箱
靴箱がない場合は、玄関から一番遠い位置
下座:靴箱が本来目的である靴箱として使用されている場合はその靴箱
靴箱がない場合は、玄関から一番近い位置
(参考資料:an・an web https://ananweb.jp/anan/142444/ より)
自分が履いてきた靴は、訪問先に敬意を示すために下座に置きます。以前、マナーを扱った番組で、靴は横向きにして隅に置く、というような発言がありました。時を同じくしてだったか、お稽古先でも同じように横向きに置くようになりました。
実はこれ、正しいマナーというわけではないようです。かといって、間違っているわけでもありません。横向きに置くのか、踵を上がり框につけて置くのかは、その時の玄関の広さにもよります。
つまり、玄関が広いと横向きに置いても邪魔にはなりませんが、玄関が狭いと通り道をふさぐことになるので、好ましい置き方ではない、ということになります。
振り返ってみれば、広い玄関のお宅に複数人でお伺いした時、みんなが玄関に近い靴箱の方でかたまっていたので、少し離れた場所で靴を脱ぎ、その辺りに揃えていたことがありますが、あれは上座に置いてしまっていたのかと、今頃になって反省しました。
靴を脱ぐ理由を考察してみる
日本で生まれ育った私は、帰宅すると靴を脱ぐのが当たり前だと思っていました。子どもの頃、一時アメリカに住んでいた叔父にアメリカでは家の中も土足で歩くと聞いて衝撃を受けた覚えがあります。
成長するにつれ、ホテルに宿泊する機会や海外の都市に滞在する機会が増え、いつの間にかそれが当たり前になっていました。
とはいえ、ずっと靴を履き続けるのは窮屈なので、外出時以外は備え付けのスリッパや持参したルームシューズを使用しています。
今でこそフローリングが増えましたが、靴を脱ぐ最大の理由は畳にあるのではないでしょうか。というのも、古来より「畳は神に通じる神聖なもの」と考えられていたようです。
畳の歩き方でも触れましたが、武家屋敷では畳に家紋を施した縁が使われていることもありました。つまり、「家の顔」である畳を土足で踏みにじってはいけない、ということです。
韓国をはじめ、アジア諸国では靴を脱ぐ習慣がある国が多々あるようです。一度実際に訪問して、確認してみるのも面白そうです。
靴を揃える理由を別の視点で考察してみる
寺社に行くと「看脚下(かんきゃっか)」や「照顧脚下(しょうこきゃっか)」という立て札を見ることがあります。
臨済宗妙心寺派 長光山陽岳寺 副住職の向井真人 (むかい・まひと)さんによると、「足元を見る、という意味」だそうです。これには3つの大事なポイントがあるそうです。(参考資料:https://www.mylohas.net/2017/11/065831zengo_vol4.html より)
一つ目は、「足元をしっかり見ておけば、歩いて行ける」ということです。今いる状態をしっかり理解し、きちんと向き合っていけば先に進める、ということだそうです。
登山と共通するような点ですね。登山も、麓からだと山頂は遥か遠くに見えますが、1歩1歩着実に前に踏み出していけば、いずれ山頂に辿りつくことができます。
二つ目は、「当たり前のことにどれだけ気づけるか」ということが大事であるということです。
普段当たり前のように食事をし、お風呂に入り、布団で寝ていますが、例えば台風や地震などで被災地になると、一瞬にしてそれら全てが当たり前ではなくなります。そういった、当たり前だと思っていることを意識しようということでしょう。
そして三つ目は、「今目の前にあるものに感謝を向ける」ということです。当たり前が当たり前として受け止められている状態こそ、ありがたいものです。そうなっている要因や環境に感謝をしながら日々を過ごしたいと思います。
このような3つのポイントを、靴を揃えることによって意識する、というのが「看脚下」が意味するところのようです。
幼い頃のしつけの一つとして、靴を揃えるということを教わり、当たり前のように行ってきましたが、改めて、その当たり前の行為に込められた深い意味に気づかされました。
友人宅等への訪問時だけではなく、自宅に帰宅した際にも、次に玄関を使用する方々への配慮を忘れず行動することこそが、マナーの本質といえるのではないでしょうか。
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